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YSコラム

ヘッドスピード日本一は誰だろう?

YS Report - yama @ 2010.3.6

我が国ドラコン界にあって、過去の記録を含めてヘッドスピード最速は誰だろう?
昨年末、沖縄で行われたL-1グランプリでは、400ydの記録でおしくも2位となった和田正義選手はその番組ではH/S65m/sec(以下単位は省略)を記録して最速だった。
スイングを見ても和田選手が一番速かったと、皆さんも感じただろう。

世界的には、H/S70を超える選手が何人かいる。2009年LDAオープン部門チャンピオンのジェミー・サドルフスキー選手やジェイソン・ズーバック選手は、ボール初速が94~95と言われているので、そのクラスだろう。

そこで改めて日本最速の男は?
前田順一郎氏その人である。あえて選手と言わなかったのは、理由がある。彼は、2008年L-1グランプリ出場を最後にドラコン界から姿を消した!韓国のゴルフ雑誌にも、H/S世界ランカーで確か4位くらいに掲載されていたこともあった。
ゴルフダイジェスト社・チョイス誌2005年9月号No.148のにその記録が報告されている。千葉の浜野GC の1番423ydパー4で、非公式ながらNikonレーザー距離計で実測408yd、H/S69.4の記録である。フラット、無風の条件だったようだ。
ヤードスティック(以下YS)にはバックナンバーが残っている。

今年、2月ゴルフフェアのため、上京した際に、シニアの福田健蔵選手にお誘いを頂いてチョイス編集長と3人で一杯飲む機会があった。
前田氏の取材は編集長自身がされたそうで、詳細をお聞きして改めて、「すごかったなあ!」と盛り上がることとなった。
彼の筋力は、足、腕、背筋、腹筋など殆どが成人男性の平均値の2倍あった。
彼がドラコンにのめり込んでいった機会を作ったのはYSだったのではないかと思っている。

彼は、性格的に何事にも非常にハイな男である。私は、YSに初めて訪れたときのことをしっかり覚えている。
「ドライバーのシャフトをXに換えたいんだがありますか?」と。理由を聞くと奈良のショップに何軒か行ったがどこも相手にしてくれず、ネットで調べてYSに来てくれたとのことだった。
2003年の5月のことだ。

そのとき、シャフトの先にボールの付いたものを見つけて、「これ何ですか?」と言ってくれた。
探求心旺盛な彼の目にとまったのは、今ではヘッドスピードアップ練習器の定番となった「UP5」である。しかし、この瞬間が彼をドラコン界にのめり込ます切っ掛けになるとは、誰も想像出来なかった。「マジですか」と言った彼。
15分のレッスンでH/S48→52へアップした。シャフト交換もそっちのけで、「これ先に買います!」と。一ヶ月後、H/Sは58までアップ。そして、半年後の12月の某日、「今日は、絶対H/S70を超えたい!いや、超える!」といきまいて、やってきた。
PRGRのマグネットをヘッドに貼るH/S測定器だが、現在販売分はH/S66.6以上がエラー表示になってしまい、昔のタイプは、99.9まで表示した。途中でICチップを変更したことが原因のようだが、彼はH/S68~69までいくもののさすがに70の壁は限りなく高かった。「トップで沈みこんだ体をダウンスイングで反動的にジャンプするように使った方がいいんじゃないの?」、、、みたいなことを私が言った瞬間、彼は即座に反応し、おそらく私の脳が記憶するあらゆる日本人スイングの中では今でも最速!H/S70が記録された。実は、その日は、彼の28歳の誕生日だったのである。
YSスタッフの全員がそのスイングを目のあたりにした。
全員が歓喜し、拍手した。
H/S48から70へ!
常人の2倍の筋力は、学生時代、やり投げで鍛えた結果だったが、彼をもってしても絶対勝てないスゴイ人がいると常日頃聞かされていたのは、ハンマー投げの室伏広治選手ただ一人である。ハンマーって48インチのドライバーの先に7kgのヘッドがついているのと同じ。それを70m以上投げる。スーパーマンである。
H/S70を達成した前田氏の半年のH/Sアップトレーニングの内容は、公開されていないが、UP5を特殊な効果の上がる練習方法で最低でも毎日300回以上は、振っていた。
UP5で計測するとH/S90を超えていた。音は、ブーンではなくピッである。

一日にドライバーの満振り1000球をこなす体力も持っていた。ミズノの大阪本社に高精度な弾道計測を、彼と2人でお願いしたことがあった。
1球目H/S54で、そこからH/S2づつ上げていき、最終65くらいまでいったのだが、アッパー打法の角度が8度でそれを2度単位くらいでコントロールできる状況をみて研究員の方も恐るべき体力と正確さに驚嘆されたのは言うまでもない。契約プロでも過去にこんなヘッドスピードの出せる選手はいないとも。
そのときも、合計150球くらいは計測しただろう。
彼にとっては、いわゆる筋トレは必要ではなく筋速度アップトレーニングのみが必要だったと言える。ただ、H/S70だと、遠心力が約70kgにも達するので、それに耐える筋力があってのことだが。

今年、1月UP5を買いに来られた方が友人の競輪選手を連れてきた。UP5は自転車のローラー練習を基本に開発したことで、感心して頂いたのだが、逆に冬場はどんな練習しているのか聞くと、「ローラーが殆どかな!」って言われた。「やっぱりなあ」と思った。
その感覚がドラコン選手には欠けている。
筋速度アップ練習は、毎日やる!これが鉄則。
競輪選手は1年で学校を卒業して、プロとなるが、ローラー練習は、雨の日も風のも関係なく、強制的に毎日やらされる。プロデビューしてからも毎日やる。やらないとお金が稼げないことを知っているから。それから言うと、UP5トレーニングを止めた時点で、ドラコン選手はドラコン引退?ともいえるかもしれない。

話を戻そう。ラスベガス、ズーバック選手との2ショットは、2005年LDA世界大会でのことだが、会いに来てくれたことをすごく喜んでくれ、「おれの前で球を打ってみろ!」とまで言ってくれて、非常に感激したそうだ。それ以来、ズーバック前田と呼ばれるようになった。彼の本業は、介護士であった。数多くの膝が痛くなってゴルフに行けなくなった高齢者の方々をリハビリで、復帰させた。医療費減少に対応すべく勤めていた医院の経営を考えて、彼はメタボ治療を自らの体をもって実践し、一時100kgオーバーあった体重を半年かからず70kg台まで、しぼり込んだ。

しかし私は、彼自身の健康、家族への思い、会社のためを思ったとき、減量して良かったと思っている。
彼は、南出仁寛プロや、吉田一誉プロと仲がよかった。二人は、ツアープロを目指していたので球のコントロールでは、当然のことだが、うまさがあった。6球で記録なしは殆どない。前田氏は、最初は、記録なしで終わることもしばしばあった。
どん欲な彼は、加茂プロに一時師事し、その後、球のコントロールは格段に良くなり、記録なしも年々減っていった。2008年LDJの年間ポイントで見事第一位となったことがそれを物語る。

しかし、2008年L-1出場時は、計測していないが減量によって、H/S60くらいまで落ちていただろう。
「もう南出には勝てないなあ」って。私には、本当に寂しげに聞こえた。
約6年、彼は、日本のドラコン界に多くの影響を与え、活躍してくれた。
自分自身のこと、家族のこと、会社のことを思い、ドラコン界から去っていった。
しかし、日本最速のH/Sを記録した男は、前田順一郎氏であることを私は確信して止まない。
飛ばすことの魅力を最大限に伝えてくれた男。

ミスターH/S・・・前田順一郎!!!

本当にアリガトウ!

最後の画像は、LDJ高槻大会で撮ったもので、彼のエネルギーを最も感じられる貴重な1枚として私のお気に入りである。

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